美しいものにいつもほほえんでいたい

美しいものにいつもほほえんでいたい

いま思うこと ~第6回 「生涯学習とは」の再検討(3)~

源氏物語を読む会『蘇芳の会』を主宰して、この六月で三十年になります。
今、時間の重みを感じています。
三十年という時の流れに、無為に身をまかせていたとは思いませんが、何をやってきたかと反省させられます。
六月四日の例会で三十年を迎えました。

この間、多くの方々のご援助があってこそと思います。
特に、例会に参加くださる方々の並々でないご努力が、こうして源氏物語を読み続けることができたと感じています。
月に二回の例会のために、時間をつくることは、よほど主体的でないと出来ないことです。
いろいろな事が絶えず身辺に起こります。
予測できないことだらけといっても過言ではないと思います。
こうした状況の上に時間をつくることは、先に申し上げたように主体的に源氏物語を読むということに取り組まなければできないと思います。
私自身も同じに、例会に合わせて生活のリズムを整え、例会に向けて集中してきました。
お陰さまで、六七四回まで、一度も休むことなく例会を開くことができました。
誠に幸運なことと思っています。
三十年目はひとつの通過点、区切りです。
そして、新たな出発の時でもあると思っています。
これからも一層の研鑽を重ねよりよい例会ができますよう、ますますの努力を惜しまないつもりでおります。
どうぞ、今後ともご指導いただきたいと、お願い申し上げる次第です。

次回の『蘇芳の会』の例会は、六月十八日(土)午後二時から、住友ビル(高崎スズラン前)七階会議室であります。
「関屋」の巻からです。
須磨明石へ退去していた光源氏を常陸の国から思い申し上げていた空蝉が、任を終えて帰京する途中の石山寺近くで、久方に光源氏に会うところです。
「色好み」とはどのようなことかを知る上でも大事な巻です。
途中からではわからないのではないか、と、思っておられる方がおられますが、そんなことはありません。
ためらわずにまずは古典の世界へ足を踏み入れることだと思います。
そこで難しいかどうかを、お考えになられたらいかがでしょうか。
まずは行為を起こすことです。ただ読むという行為は、受け身ではありません。
自分自身が能動的に考えるという行為がついてまわります。
そこが、他の生涯学習の科目と違うところです。
創造活動と直結しませんが、時間を経ていくうちに、心の中に何かが存在するようになっていきます。

七十歳を過ぎての時間をどのように過ごすかは、人それぞれです。人生の終わり、幕引きをどのようにするか、今までにない新しい課題です。
そこに古典が存在しているのではないでしょうか。
生涯学習の再検討とは、この課題に対して考えることを提起したいのです。

(2005年6月掲載)